トレラン、はじめました。

そう、トレイルランニングである。

 

思い返してみると、山や自然に傾倒するようになったきっかけは、登山ではなくじつはトレランだった。まず最初に近所の低山を走るようになり、でもよくよく考えると走りたいわけではなく自然のなかに身を置きたいんだなと自覚するようになって、登山へと移行していったのである。

 

そしてまた、数年の歳月をへて、トレランがはじまった。 とはいっても、完全にシフトするというわけではなく、山遊びの一環としてトレランもやるのである。

 

なぜまた興味をもったのか。

 

「ベアフットランニング」に惹かれたのである。 べつに走ることが好きなわけではない。ベアフットランニング、要は裸足感覚で走ることに興味を覚えたのだ。

 

僕の浅い浅い知識でざっくり説明すると、この走法は、従来の「かかと着地」ではなく、「前足(フォアフット)着地」であるのが特徴。フォアフットランニングやナチュラルランニングとも言われている。

 

かかと着地だと衝撃が大きすぎるため、自ずとソールのかかと部分は厚くなる。でも本来人間には衝撃を吸収する機能が備わっており、それを有効活用するのがフォアフット着地。この走り方のほうが自然であり、体への負担も少ないというのである。

 

垂直跳びをしたときの着地のシーンを想像してほしい。かかとから着地する人がいるだろうか?だれもが衝撃を吸収するために、フォアフット着地をするはずである。

 

まあ僕にとっては、善し悪しとか、負担の大小は大した問題ではない。それよりもなによりも、人間の能力を最大限に活かすところ、モノに依存するのではなく自分自身を頼りにするところに、この上ない面白さを感じたのだ。

 

以前のエントリーヨセミテに見る私的景色論に僕の性癖を書いたが、ウルトラライトやマニュアル車が好きな理由と同じなのである。そして、どうせ走るならロードじゃなくてトレイルがいいと思ったのだ。

 

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ベアフットランニング用のシューズも手に入れた。イノヴェイトのトレイルロック235。ゼロドロップ(かかとからつま先までの落差がゼロ。つまりぺったんこということ)のシューズである。

 

最初は、慣れない走り方から来るふくらはぎ痛に悩まされたが、1〜2週間でコツを掴み、いまでは気分よく走っている。

 

これから、山遊びのひとつとして、トレランもガンガンやっていきたい。

 

ふたたび、アメリカへ。

8月末から9月いっぱいまで、アメリカに行く。パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)の残りを歩いてくるのだ。

 

僕は昨年、PCT(総延長4,265km)をスルーハイク(一度に歩ききること)しにいった。しかし、諸事情により3,600kmまで歩いて帰国したのである。

 

かなり歩いたし、そうとう楽しんだし、ロングトレイルが何たるかも理解できたと思う。でも、残り約600㎞強、歩きたいのである。

 

昨年は、持ち前の英語力のなさから、事前に用意すべき許可証を取り忘れたりもした。でも今年は、スルーハイクの許可証はもちろん、カナダへ入国するための許可証も、ちゃんと取得した。後者に関しては、PCTを歩いているうちにカナダの国境を越えてしまうので、必要になるのである。

 

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「なぜ行くの?」と問われれば、それはただただ行きたいからである。もちろん、もっともらしい理由はいくらでもつけられる。でも、突き詰めると、結局は行きたいから、歩きたいからなのである。

 

チャレンジとか、自分を変えるとか、成長とか、そういう気持ちはいっさいない。

 

そういう目的や理由をつけたがる、世の中の風潮はあまり好きではない。というか、ちょっと気持ちわるい。もちろん、仕事をする上では必要だ。何のためにするのか、それをしてどうしたいのか、どうなりたいのか、などなど。ヒトもモノもカネも、たくさん絡んでくるのだから。

 

でも、すべての行為に目的をもうけるのは、健全じゃないように思えてならないのである。ことプライペードにおいては。大好きなハンバーグを食べるのに、目的がいるのか?友人と酒を飲むのに、明確な理由が必要なのか?好きな人ができたら、なにかを期待して付き合うのか?

 

もちろん価値観は人それぞれだが、僕はそうはなりたくない。

なにごとにも損得勘定で動く人間になってしまいそうで恐いのだ。

 

「やりたいから、やる」。

 

それでいいじゃないか。人間らしいじゃないか。

 

 

 

いざエジプトへ。

以前から、ただならぬ興味を抱いていたツタンカーメン展。
東京は上野、上野の森美術館で1/20まで開催している展覧会である。年が明けるまでは、まあ急いで行かなくても大丈夫だなと思っていたのだが、もはや終了間近。

大阪では、東京開催に先立って昨年の春に開催。興味があるとはいえさすがに大阪まで足を運ぶことはできなかった。それだけに今度こそはと思っていたのだが、残念ながらスケジュール的に難しそうである。

いや、そんなに関心があるのなら、ムリをしてでも行けばいい話。
実は、理由は日程ではなくほかにあるのだ。

昨年、アメリカにわたり、初めての海外、本場のロングトレイル、貴重な世界遺産を心ゆくまで味わってきた私は、どうやら “ホンモノ志向” になってしまったようである。根っからの、ではなく、にわかではあるのだが。インスタントコーヒーではなくレギュラーコーヒー、二郎インスパイア系ではなく二郎、神無月ではなく武藤敬司、といった具合に。

だから、ホンモノのツタンカーメンを、いや、そもそもエジプト文明とは何ぞやということをたしかめるべく、私は迷うことなくあの地へと飛んだのである。自分でも驚くほどの行動力である。

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夕暮れどきのピラミッド、初めて見る巨大な三角のシルエットを前に、私はただただ立ち尽くすしかなかった。やはり、ホンモノは違う。

スフィンクスは、年々劣化が進んでいると聞いていたので心配していたのだが、健在であった。ただ想像以上にこぢんまりしている。

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スフィンクスの胴体は歩いて通れるようになっており、そこを抜けてピラミッドへと入っていく。

受付には、館長風の爺さんがひとり。なぜ、このような建造物をつくったのかを聞いてみると、ピラミッドにはパワーがあって云々と、その効能について語りはじめる。聞いているフリをしてその場をやりすごし、1泊朝食付き5100円を支払う。怪しさのあまり夕食を頼む勇気は出なかった。

泊まったのは、新しく建立されたばかりだという 『ナイル館(かん)』。どうやら爺さんオススメのようだ。

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どう見ても長屋であり、どこにナイルな感じがあるのかはさっぱりである。
部屋はこんな感じである。

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とりあえずくつろごうかな、という気は微塵も起きてこないので、名物だと言われるピラミッド内にある温泉に行ってみることに。道中には、ある意味世界遺産的な不思議なものもあった。

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いやはや、さすが紀元前3000年頃から発達したといわれる古代文明である。
そして温泉がこちら。

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悪くない。しかも、こんな壁画も。

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未知なるパワーをもらった私は、得体の知れない不思議な感覚につつまれながら眠りにつくのであった。

翌朝、思いのほか快適な目覚めを迎えた私は、朝食のために食堂へと向かった。エジプトの朝食とはいったいどんなものなのか。期待と不安を抱く私の目にうつったものは……

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なんの変哲もない和食であった。加えて、マズいぞバカヤロー。でも、ウマすぎてもそれはそれでエジプト感がなさすぎるってものだ。

最後に、上野の森美術館のツタンカーメン展では決して拝むことのできないツタンカーメンに、二度と会わないであろう思いも込めてお別れの挨拶を。

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ホンモノ志向などとエラそうなことを言っていたが、まったくそんなことはないようだ。思えば自分自身、幼い頃から蟹ではなくカニかまを食べ、長嶋ではなくプリティ長嶋を見て、そしてミラノ風ドリアでミラノを感じ、育ってきたのである。ニセモノ万歳!そんなことを思いながら那須塩原にある世界初のピラミッド温泉を後にした。

最愛の人を亡くして思うこと。

大和ハウスのCM「ここで、一緒に」編
http://www.daiwahouse.co.jp/ad/cm/kokode.html

広告としての善し悪しはさておき、夫婦間のやりとり(映像およびストーリー)が個人的には好きだった。まあ、深津絵里好きってのも少なからず影響しているかもしれないが・・・。

なんだかんだ言っても、お互いがお互いにとって一番大切な人である。それが垣間見える内容。

夫役のリリー・フランキーさんが、最後にこんなセリフを口にする。

「・・・その代わり、俺より長生きしろよ」

妻へのやさしさがこもっていていいじゃないか。
自分も言ってみたいものだと、思っていた。
以前は。

たい&あおね

私は、昨年に母を亡くし、今年には父を亡くした。
もともと健康な両親だっただけに、当然のように日本人の平均寿命までは生きつづけるだろう。愚息は、そんな根拠のない自信を持っていた。疑いもなく。二人とも60代でこの世を去ってしまうなんて、しかもつづけざまになんて想像すらしなかった。そして、最愛の人をなくすことの悲しみを、筆舌に尽くし難い無念さを、生まれて初めて実感した。

私は、まだ見ぬ妻に思う。

「俺より先に死んでくれ」

最愛の人を亡くすという想像を絶する悲しみ。これを妻に経験させることなど、私にできるだろうか。「俺より長生きしろよ」と言うことは、自ずと「夫をなくす悲しみを味わえよ」ということも内包する。CMを見て、こんなやりとりをしてみたい衝動にかられていたのだが、どうやら「俺より長生きしろよ」とは言えそうにない。

「独身のオマエが偉そうに言うな」とツッコまれそうだが、まあ単なる妄想というか戯言なので、あまりマジメに受け止めないでもらえればと。ただ、両親の死を通じて自分の価値観は変わる(もしくは上書きされる)のだな、とはマジメに思った。

振り返ってみると、今年は自分にとって初体験のことが多かった。親のことはもちろんだが、サラリーマンを辞めたこともそうだし、海外に行ったこともそうである。

以前は、自分自身、思い立ったが吉日タイプでありチャレンジ精神があるほうだと思っていた。しかし、それなりに歳を重ね、経験値も増え、安定した生活を送っている中で、知らず知らずいろんなことに鈍感になっていた気がする。

今年の漢字は “金” であったが、私にとって今年は、 “ビビッドな感性” を手に入れた年であった。

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山や自然と関わることも、そういった感性を手に入れたり、自分に対する新たな発見をする一助となるのではないか。ブログや仕事を通じて、そんなこともお届けできればと思う。

最後に、念のために言っておくが、私に対する親切心から「熟女と結婚しろ!」という、確率論に任せた短絡的かつ不謹慎な解決策は提示しないように。

※今年の総括的な話をさせていただきました。コーヒーブレイク的な感じで読んでもらえればと。次回から、またハイクがらみの話に戻す予定。あくまで予定ですが。

ブログ再開

ブログを読んでくださっていた皆さん、ご無沙汰しております。
9月17日のエントリー「ロングトレイルは遠足である。(つづき)」を最後に、更新をしておりませんでした。

パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)のスルーハイクはどうなったのか?とお思いの方もいらっしゃるでしょう。

結論から言いますと、スルーハイクは断念しました。約400mile(約640km)を残して、帰国しました。

帰国時に利用した鉄道「アムトラック」。

帰国時、ポートランドからシアトルまで利用した鉄道「アムトラック」。

実は、出発前から父が病を患っており、病状が悪化した際は帰ると決めていたのです。父の状態が良くないことを知ったのは、2238mile(約3580km)地点にあるTrout Lake(トラウト・レイク)という田舎町におりた時。兄からのメールに詳細が記してありました。

一刻を争う状況ではないとのことでしたが、確実に悪くなってきていることは事実。あと3週間ほどで踏破できる地点にいたとはいえ、迷いはありませんでした。

9月末に帰国。父との生活のはじまりです。生まれてこのかた、何ひとつ親孝行をしてこなかった放蕩息子としては、できる限りのことをしようと考えていました。

しかし、1カ月半が過ぎた11月半ば、残念ながら父は他界しました。享年67歳。多くの方から「早すぎる・・・」という声をいただきましたが、これが父が持って生まれた寿命だったのだと思います。

2238mile(約3580km)地点のTrout Lake(トラウト・レイク)。まぎれもなく、これが、今回の私のゴールです。つづきは、またいつか、かならず。

つづきができるのも、ロングトレイルならではの魅力ですから!

Trout Lakeで泊まった宿。

Trout Lakeで泊まった宿。